治療上の工夫

同じような治療でも、先生方によってさまざまなこだわりや工夫があるものです。私も卒業以来、勤務医時代や開業後もさまざまな試行錯誤を経て、いくつかの点で自分なりの小道具を自分なりに活用しているつもりです。

ZOO

ちょっとしたパイプ型の吸引装置ですが、下顎の治療には欠かせません。

歯に唾液や汚染をつけずに治療するには、原則では「ラバーダム」というゴムテントを歯にくくりつけて、当該歯のみを露出させて治療するのが本来であればよいのですが、通常30分~どんなに短くても15分程度はうがいをせずに口を開けたままになったり、取り付けで痛みを生じたり、隙間から唾液が漏れてしまったり、嘔吐反射のある方にはもちろんですが、ない方でも大変つらい治療道具です。また小児にはよほどの達人でないと効率的に装着できません。

欧米のように、1日数人でペイできる歯科保険制度のない国では、こういう道具を用いてじっくりこだわりの治療もできるのでしょうが、だからこそ映画「ファインディング・ニモ」のPシャーマン歯科医師にはラバーダムを使用ほしかったのですが、PIXERのその辺の描写が甘かった点が悔やまれます。これに対して、広く薄くの給付と負担で成立している日本の保険診療では、効率こそが実質的な社会正義の一面もあります

口腔内の汚染のもとは唾液内の雑菌です。そこで下顎の場合は「ZOO」と呼ばれるこのようなループ状のパイプを用いて、簡便かつほぼ負担なしで歯に唾液が行かないようにすることができます。

これを考えた人は本当に頭が良いと思います。勤務医時代は、下顎の防湿にはかなり悩んだものです。

ミニタービン

通常歯科医院で使用する治療器具は、おおよそ90~95%程度の方には適応できるようになっています。しかし一部の方では口の形や歯の位置関係などから、普通の道具では引っかかったりして入らないこともあります。

じつは、道具が入りにくくて我々が治療で苦労していたような部位は、患者様にとってもお手入れがしにくく、リスクの高い場所でもあります。逆に言うと、お手入れがしにくい場所だったから傷めてしまった、とも言えます。しかしそうも言っていられないのが我々の立場ですので、工夫して処置していきます。

「ミニタービン」とは、ドリルの機械の中で頭の小さいものを指します。通常はお子様に用いますが、顎が開けにくい人や、お口が窮屈な成人の方にも有用です。もちろんドリルも短いものを使用します。デメリットはトルクが小さいので、削除量が多い場合や金属を削る場合に時間がかかることです。

マイクロエッチャー

今まで銀歯や差し歯が取れてしまって歯科医院で付け直してもらった経験をお持ちの方は少なくないのではと思います。昔はセメントも珪酸セメントなど、現在の基準からは水分に弱く脆いものが主流でしたが、現在は強度の高い接着性レジンセメントが主流になってきています。

ただ、金属やセラミックはもともと表面性状が安定的で、接着しにくいものです。たとえば取れてきたものを同じようにセメントでつけても、また同じように取れてきてしまう確率が高いです。

そこで、金属プライマーやポーセレンプライマーなどの表面処理剤を塗ってから接着します。

しかしそれでも塗るだけではプライマーは安定的な性状の接着表面になじみませんので、あまり意味がありません。そこで最初に直径50マイクロのごく細かいアルミナ粒子を吹き付けて微細な凹凸を形成してからプライマーを塗布します。微細な凹凸が形成されると、とくに金属で顕著ですが、表面のツヤが消失してマットになります。

こうしてはじめて、安定して接着できるのです。

ファイバーポスト

2016年から保険適応になった、グラスファイバー製の差し歯の土台の芯材です。

大きなメリットは3つあります。

1点目は、弾性係数(≒バネ定数)が象牙質に近似しているので歯と一緒に撓むことです。昔の金属の芯棒は硬すぎて、神経をとってひびの入りやすくなった歯がしばしば割れていましたが、そのようなトラブルを防ぐことができます。

2点目は、専用ハイブリッドセラミックを併用して土台を作成すると天然歯質に近い半透明の色調になり、メタルフリーの自然な透明感の審美的な修復物を作成できることです。金属の裏打ちがあるとこうはいきません。

3点目は、金属製の芯棒が矮小で、何度つけても土台ごと取れてしまう差し歯を、芯材と接着剤(スーパーボンド等)をうまく併用することで強固に再接着することができることです。残りの根の長さや状態にもよりますが、取れてしまった現在の差し歯をまだ使いたい場合に、差し歯の中央に穴をあけた上で、残りの根を細工して上下を串刺しにすると、かなり効果的に延命することができます。

欠点は、土台で歯の方向を変えないといけないような傾斜歯の場合には使用しにくいことですが、そのようなケースはほとんどありません。

錦部製作所製チップ

歯石の取り方は歯科医院によって差異はあると思いますが、現在一般的なのは、まず超音波チップで見える歯石(縁上歯石)やステインを除去して、後日数本ずつに分けて、ポケット内に隠れて見えない縁下歯石を手用の道具でぼりぼり取っていくスタイルかと思います。

縁下歯石は縁上歯石に比べて固く、またある程度炎症が収まってからでないとダメージを与えてしまうので、このように2段階に分けて取っているのですが、第1段階の超音波チップで第2段階の作業をしようとしても歯石の性状が違うのでうまくいきません。

そこで、細長く湾曲した超音波チップが開発されました。今までの超音波チップと異なり、ごく微弱な力(Pモード、またはペリオモードと呼ばれることが多い)で縁上歯石や、ある程度の深さ(およその目安として歯周外科手術に至らない範囲)の縁下歯石も、(個人差はありますが)無麻酔で効率的にとることができます。

細長くて湾曲しているので、精度や物性が大きく左右します。ただ細長いだけではすぐ壊れてしまいます。錦部製作所はもともとは刀鍛冶から始まったそうですが、我々の業界、とくに歯周治療に力を入れている先生方の間では有名な老舗で、スプラソン社など世界的に多数のメーカーにチップを納品しています。

当歯科室もお陰様で開業して14年になりますが、勤務医時代も含めて今まで多くの方を拝見しておりますと、個人差もありますが、7~8割の人は無麻酔でほぼ行けるのですが、残りの方ではこの機械を使ってもお痛みを感じることもあります。この機械でお痛みを感じる場合は、おそらく根面か知覚神経か歯肉に何らかの問題を抱えていると考えられます。

また残念ながら普段ていねいに隅々まで歯を磨かない方の場合に、触り慣れていない部位に道具が届くと不快感を感じることもあります。しかしこれはご自身で解決しないと歯周病など歯科疾患の進行をくい止めることができません。言い訳ではありませんが、「歯医者で痛い目にあった」と思うだけでなく「自分の歯の手入れは大丈夫だろうか?」という視点も忘れないでいただきたいと考えております。